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2026.09.08

JRAガバナンス改革への提言(全3回連載)【第2回】構造的課題編

執筆担当 弁護士 三木憲明

第1回導入・制度解説編はこちら

実務ルールをめぐる監督の限界と、自己検証リスク

  前回は、JRA(日本中央競馬会)の現行の法的枠組みについて、経営の基本方針や業務運営の重要事項を決定し、役員の職務執行を監督する「経営委員会」と、実務を担う「執行部」との権限関係を整理しました。
  形式上は、上場企業におけるような「監督と執行の分離」が図られているように見えますが、近年の不祥事対応における情報開示のあり方を見る限り、このシステムには改善すべき制度的盲点が存在します。連載第2回では、その構造的な問題点を解剖します。まず、JRAで不祥事が起きるたび、「なぜ最高機関である経営委員会が、個々の処分の妥当性や情報開示の範囲を精査しないのか」という指摘がなされることがあります。しかし、経営委員会が個別事案(ミクロな事件)に都度介入し、逐一事実関係を検証することは、ガバナンスの観点から合理的ではありません。経営委員会は常設の執行機関ではなく、定期的に開催される合議体であり、現場の個別案件への過度な介入は経営の機動性を損なう「ミクロマネジメント」の弊害を招きます。

  したがって、個々の処分判断や開示手続きといった具体的な内部統制の運用そのものは、現場を把握している執行部に委ねられるべきであり、この意味において、監督と執行を分離する現行法の基本設計自体は、組織運営の論理として正当です。本質的な制度的課題は、経営委員会が個別案件を直接検証しないことではありません。むしろ問題は、執行部が個別案件を処理し、内部統制を働かせる際、その拠り所とすべき「共通のルール(枠組み)」のうち、規約の下位に位置付けられる施行規程、裁定委員会規則、情報公表基準等の具体的な実務ルールについて、経営委員会による関与や継続的監督が十分に制度化されているとは言い難い点にあります。

  現行法上、競馬の実施や調教師・騎手の免許等に関する基本的事項は、JRA法第8条に基づき規約で定めることとされており、規約の制定・変更は経営委員会の議決事項とされています(同法第8条の3第2項第4号)。この点で、経営委員会が「規約」そのものに全く関与できないわけではありません。しかし、実際の不祥事対応においてファンや社会が問題視するのは、必ずしも規約の抽象的な規定そのものではなく、個別処分における事実認定、制裁の量定、理由の示し方、処分情報の公表範囲、公表のタイミング、未成年者・若年者に関する配慮と透明性との調整といった、より実務的で具体的な運用基準です。

  これらの実務ルールは、規約の下位に位置付けられる施行規程、裁定委員会規則、通達、内規、運用ガイドライン、情報公表基準等として整備・運用される領域であり、その制定・改定・運用状況について、経営委員会がどこまで事前に審査・承認し、継続的に検証できるかは、少なくとも法律上明確に可視化されているとは言い難いところがあります。さらに、この問題を考えるうえで見落とせないのが、経営委員会の構成そのものです。JRA法第8条の4によれば、経営委員会は委員6人および理事長で組織されます。理事長は、JRAを代表し、その業務を総理する執行部の長である一方、経営委員会の構成員でもあります。したがって、JRAの経営委員会は、監督機能を有しつつも、執行部の最高責任者を内部に含む、会社法上の監査役会とは異なる特殊な機関設計となっています。この構造には、経営委員会の議論に執行実務の知見を反映させ、経営委員会の決定を実務に接続しやすくするという意味で、一定の合理性があります。しかし、不祥事対応や情報開示基準の見直しのように、執行部自身の過去の判断や運用姿勢が検証対象となる場面では、監督する側と監督される側の境界が曖昧となり、自己監督・自己評価に近い構造的緊張を生みます。

  ここに大きなねじれが生じます。経営委員会は、JRAの経営基本方針や業務運営の重要事項を決定し、役員の職務執行を監督する権限を持ちながら、実際に社会的批判を招く不祥事対応の透明性や説明責任を左右する具体的な運用ルールについては、その関与の仕組みが制度上十分に明文化されていません。さらに、その経営委員会自体も、執行部の長である理事長を構成員として含むため、執行部の対応を検証する局面では、独立した監督機能をどのように確保するかという追加的な課題を抱えています。民間企業であれば、内部統制の運用に社会的な批判を浴びた場合、株価への影響や株主代表訴訟といった市場からのペナルティを回避するため、ガバナンスの主体である取締役会が主導して、規程や運用基準そのものを近代的にアップデートします。しかし、前述の通り独占的地位にあるJRAにおいては、執行部が「20歳未満の保護」や「プライバシー」といった文言を自らの解釈で適用し、限定的な開示に留め続けたとしても、それが直ちに組織の存続を脅かす市場リスクにはつながりにくい構造があります。

  結果として、外部有識者を含む経営委員会が存在しながらも、執行部が運用する実務ルールに対して、社会通念に即したアップデートを促すブレーキやアクセルが十分に機能しにくいという、ガバナンスの機能的な硬直化が招かれているのではないかと考えられます。個々の事件に右往左往するのではなく、執行部の内部統制を構造的に規律する「ルールの正当性」と「運用の透明性」をいかに担保するか。そして、執行部の長を構成員に含む経営委員会において、自己監督・自己評価に陥らない独立した検証機能をいかに確保するか。これこそが、JRAのガバナンスが抱える最大の構造的課題なのです。

  次回は、この制度的盲点を解消し、公正競馬を未来へつなぐための具体的なガバナンス改革モデルを提言します。

第3回改革・提言編はこちら