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2026.08.10

JRAガバナンス改革への提言(全3回連載)【第1回】導入・制度解説編

執筆担当 弁護士 三木憲明

競馬法とJRA法から読み解く、中央競馬の統治構造

  私の競馬歴は、オグリキャップが巻き起こした社会的な熱狂の時代に始まり、ナリタブライアンとマヤノトップガンがハナ差の死闘を演じた阪神大賞典、ディープインパクトによる歴史的な三冠達成、そして現代へと至る、実に30年を超える月日を数えます。

  とりわけ、POG(ペーパーオーナーゲーム)において指名し、バーチャルオーナーの視点でその軌跡を追ったオルフェーヴルとドゥラメンテの2頭は、今なお私の記憶に深く刻まれています。近年においても、同世代の星として第一線で活躍を続ける武豊騎手の存在は、日々の大きな刺激となっています。

  サラブレッドの血統が織りなすロマンや関係者の熱き物語は、我が国が世界に誇るべき一級の文化エンターテインメントです。しかし、この世界を長年愛してきた一人のファンとして、そして日常的に企業のコーポレート・ガバナンス(統治構造)や内部統制を扱う法律実務家として、近年のJRA(日本中央競馬会)の運営姿勢には、制度的な観点から検証すべき課題があると考えています。

  近時、若手騎手による通信機器の不適切使用等のコンプライアンス違反が相次いでいますが、ここで注目すべきは個別事案の詳細よりも、不祥事発生時におけるJRAの情報開示姿勢等の実務一般に通じる傾向です。

  「重大な非行」という抽象的な文言に留め、具体的な経緯や処分理由を非公表とする対応は、民法上の成人年齢が18歳に引き下げられた現代において、社会通念上のディスクロージャー(情報開示)の基準から乖離していると言わざるを得ません。これは、開催を財政的に支えるファンに対する説明責任(アカウンタビリティ)の履行状況として、再考の余地があります。

  この背景には、JRAが「全額政府出資の特殊法人」であり、かつ競馬法上、中央競馬を行う主体として位置付けられているという制度的構造に起因する、固有の力学が存在します。日本中央競馬会法(以下「JRA法」)第4条第1項は、JRAの資本金について、政府がその全額を出資する旨を定めています。また、競馬法第1条の2は、日本中央競馬会が競馬を行うことができること、日本中央競馬会が行う競馬を中央競馬と呼称すると定め、同条第6項は、日本中央競馬会等の法定主体以外の者が勝馬投票券その他これに類似するものを発売して競馬を行うことを禁止しています。

  一般の上場企業であれば、不透明な情報開示は株価の下落や市場からの退出リスクに直結するため、自発的なガバナンス刷新への強いインセンティブが働きます。しかし、競争原理の存在しない独占的環境にあるJRAにおいては、そうした外部からの市場圧力が働きにくく、内部統制システムの自発的なアップデートが後手に回りやすい構造的特性があります。

  本連載では、この問題をJRAの統治構造にスポットを当て、法律実務家の視点から客観的に検証します。

  まず現行制度の正確な法的枠組みを確認します。

  JRAは、競馬法第1条の2に基づき中央競馬を行う主体であり、その組織および運営は、JRA法第1条が掲げる「競馬の健全な発展」を目的として制度設計されています。

  2007年の法改正により、JRAには「経営委員会」が置かれました(JRA法第8条の2)。経営委員会は、JRAの経営の基本方針および目標その他その業務の運営の重要事項を決定する機関であり、経営目標の達成状況を評価し、役員の職務執行を監督する権限を有します(同法第8条の3)。

  もっとも、JRAの経営委員会は、会社法上の監査役会のように監査に特化した機関ではありません。JRA法第8条の4は、経営委員会を委員6人および理事長で組織すると定めており、JRAを代表し、その業務を総理する理事長も経営委員会の構成員となります。この点に、JRAの経営委員会制度の特殊性があります。

  このように、現行法上、経営委員会はマクロな経営基本方針や業務運営の重要事項を決定し、役員の職務執行を監督する「監督(ガバナンス)の主体」である一方、その構成員には執行部の長である理事長も含まれます。そして、理事長以下の執行部が、実際の競馬実施や個別の制裁処分といったミクロな「実務執行(内部統制の運用)」を担うという設計が採られています。

  また、JRA法第8条は、競馬の実施、馬主・馬・服色の登録、調教師・騎手の免許、入場料、会計に関する事項について、規約で定めなければならないとしています。そして、規約の制定・変更には農林水産大臣の認可が必要とされています。さらに、JRAの業務として中央競馬を実施すること自体は、同法第19条に位置付けられています。

  これらの規定を受けて、競馬施行規約をはじめ、施行規程、裁定委員会規則等の実務上のルールが整備され、個別の競馬実施や制裁等の具体的運用が行われています。

  一見すると、監督と執行の分離が図られた適正な縦のラインが形成されているように見えます。しかし、この制度設計の中にこそ、現代社会の要請との乖離を生み出す構造的な盲点が潜んでいます。

  次回は、この統治システムが抱える制度的な課題について解剖します。