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2026.10.09

JRAガバナンス改革への提言(全3回連載)【第3回】改革・提言編

執筆担当 弁護士 三木憲明

第2回構造的課題編はこちら

常設化と独立審議によるガバナンスの実効性、公正競馬の未来

 連載最終回となる第3回では、前回指摘した「執行部が運用する具体的な実務ルールを構造的に規律する仕組みが十分に可視化・制度化されていない」というJRAのガバナンス上の課題、そして「理事長を構成員に含む経営委員会において、独立した検証機能をいかに確保するか」という課題を克服し、現代社会の通念に合致した情報開示と公正確保を実現するための、具体的かつ現実的な改革案を提示します。

 個々の案件を追うミクロな視点から脱却し、組織の枠組みそのものを管理する「マクロガバナンス」の構築が必要です。

 ガバナンス改革の第一歩は、JRA法第8条に基づく競馬施行規約のみならず、その下位に位置付けられる施行規程、裁定委員会規則、情報公表基準、コンプライアンス対応基準等についても、制定・変更プロセスにおける経営委員会の関与を明確化・強化することです。

 もっとも、これらの具体的な実務ルールについては、現場の実情を把握している執行部が中心となって起案・策定し、経営委員会が、その過程や内容について報告・説明を受けたうえで、合理性、透明性および実効性を検討するという役割分担が基本となるべきです。

 経営委員会は、執行部に対して検討課題や見直しの方向性を示し、提出された案について必要な修正・再検討を求めることができます。このように、執行部の実務的知見を活かしながら、経営委員会が基準の内容と策定過程を監督することが重要です。

 個々の事案は、執行部が既存のルールに則って機動的に処理(内部統制の執行)すべきです。しかし、そのルールが合理的かつ透明なものとして策定され、適切に運用されているか、さらに、その運用結果が次の改善につながる仕組みとなっているかについては、経営委員会が継続的に確認する必要があります。

 具体的には、少なくとも以下のような事項について、経営委員会による継続的な監督を制度化することが考えられます。

  • 騎手・調教師等に対する制裁基準
  • 制裁処分における理由付記の基準
  • 不祥事・コンプライアンス違反時の情報公表基準
  • 若年者・未成年者に関するプライバシー保護と透明性の調整基準
  • 裁定委員会等の手続保障・審査プロセス
  • 通信機器不適切使用等、近時問題となっている類型に関する再発防止基準

 経営委員会の役割は、執行部が策定した基準について、一度報告を受けて終わることではありません。執行部が基準を合理的に策定し、適切に運用しているかを継続的に監督するとともに、基準が個別事案において適切に機能したか、現場に過度の裁量や不明確さを残していないか、社会に対する説明責任を十分に果たせる内容となっているかを検証する必要があります。

 すなわち、経営委員会には、執行部による基準の策定・運用・評価・改訂という一連のプロセス全体を監督する役割が求められます。基準の運用状況を確認し、問題点を把握し、執行部に改善措置や再検討を求め、その結果を次の基準改訂に反映させる。こうしたPDCAサイクルが実効的に回っているかを監督することこそが、経営委員会に求められるマクロガバナンスです。

 また、執行部は、公正確保、制裁手続および情報公表に関する実務上の基準を策定し、これを一貫して運用すべきです。個別事案において、基準どおりの運用が困難となる特殊・特別な事情がある場合には、執行部は、その事情、判断過程および基準から逸脱することの相当性について、通常よりも具体的かつ強い説明責任を負うべきです。

 ここでいう説明は、単に「個人情報保護のため」「プライバシーに配慮したため」といった抽象的な理由を示すことではありません。どの基準との関係で例外的な取扱いをしたのか、どのような利益衡量を行ったのか、全面的な公表ではなく限定的な公表を選択した理由は何か、同様の事案に今後どのように対応するのかといった点について、社会が検証可能な程度に具体的な理由を示すことが必要です。

 経営委員会は、執行部からその判断および説明について報告を受け、基準からの逸脱が必要かつ相当であったのか、説明が合理的かつ十分なものとなっているかを検証する必要があります。

 その結果、説明が不十分または不合理であると認められる場合には、追加説明、運用の再検討、改善措置または基準の見直しを求めるべきです。これにより、執行部の個別判断の柔軟性を残しながらも、説明なき非開示や不透明な処分運用を抑制することが可能となります。

 執行部には、個別事案の性質に応じて基準を柔軟に適用する余地が認められます。しかし、その柔軟性は、無制限の裁量を意味するものではありません。基準から逸脱する場合には、その理由を説明し、説明の合理性について検証を受けることが必要です。

 もっとも、ここで注意すべきは、JRA法上、経営委員会には理事長も構成員として参加しているという点です。この点を踏まえると、改革の方向性としては、理事長を経営委員会から排除するのではなく、理事長の関与が有益な場面と、独立性確保のために関与を制限すべき場面とを切り分けることが重要です。

 理事長が参加することには、現場実務との接続や意思決定の実効性という利点があります。執行部が実際に直面する業務上の制約や、個別事案における事実関係を経営委員会が把握するうえでも、理事長の参加には一定の意義があります。

 問題は、執行部自身の判断や運用が検証対象となる場面においても、通常の業務運営上の重要事項と同じ枠組みで審議されてしまうことです。

 そこで、不祥事対応、情報公表基準、制裁処分の理由付記、裁定委員会等の手続保障、コンプライアンス違反時の調査・公表の要否、さらには基準から逸脱した場合の説明の合理性といったテーマについては、理事長を含む通常の経営委員会とは別に、理事長が議事・議決に関与しない「独立審議モード」を制度化すべきです。

 これは、理事長を排除するための仕組みではありません。執行部の長である理事長の知見を必要とする場面ではその参加を確保しつつ、執行部自身の判断や説明の合理性が検証対象となる場面では、監督の独立性を確保するために関与を制限する、限定的な利益相反管理の仕組みです。

 現行法上も、理事長は、役員給与に関する規程の制定および変更について議決するときは、その議事に加わることができないとされています。これは、一定の利害関係が認められる議題について、理事長の議事参加を制限する発想が、JRA法の制度内にも存在していることを示しています。

 この考え方を、執行部自身の運用が検証対象となる情報開示・制裁手続・コンプライアンス対応の領域にも拡張することが、制度的整合性のある改革方向といえます。

 しかし、月数回程度の開催に留まる現在の非常勤中心の経営委員会だけで、これらの実務規程や運用基準を精緻に検証し、執行部の対応と説明の合理性を継続的に評価することには、物理的・時間的な限界があります。

 そこで、このマクロガバナンスを日常的に機能させるための実務設計として、経営委員会に、執行実務に精通した常勤委員を置くことを提言します。

 現在の経営委員会は、理事長を除く委員が、学術、報道、企業経営、法務等の分野から選任された外部有識者によって構成されています。この構成は、執行部から一定の距離を置いた多様な視点を取り込むうえで意義があります。

 しかし、その反面、日々の競馬開催、制裁、免許、裁定、情報公表等の執行実務を継続的に把握する委員は、理事長を除けば存在しません。理事長は執行部の長として実務を統括する一方、経営委員会の構成員として執行状況を報告・説明する立場にもありますが、理事長一人に、執行と監督の接続を担う役割を集中させることには、実務上の限界があります。

 そこで、経営委員会に、競馬の執行実務に精通した常勤委員を置くべきです。この常勤委員は、執行部に代わって個別案件を処理したり、実務規程を起案したりするのではなく、執行部の業務運用を継続的に把握・検証し、必要に応じて執行部から直接説明や資料の提出を受け、その結果を経営委員会に独立して報告する役割を担います。

 この常勤委員は、執行部の一員ではなく、理事長を含む経営委員会において、執行実務に関する継続的な検証機能を担う存在として位置付けるべきです。日常的に執行部の運用状況を把握しつつも、個別案件の処理を指揮するのではなく、執行部が起案する実務規程・情報公表基準・再発防止策について、独立した立場から審査・助言・改善勧告を行う役割に徹するべきです。

 また、執行部が基準から逸脱した運用を行った場合には、その判断過程と説明内容を検証し、合理的な理由が示されているか、説明が公表基準に照らして十分なものとなっているかを確認する役割も担うべきです。

 そのうえで、各界の第一線からなる「非常勤経営委員(外部有識者)」が、大所高所から客観的に検討し、重要な事項については、経営委員会として必要な修正要求・再検討要求・差戻しを行う仕組みを整えるべきです。

 さらに、基準からの逸脱について執行部が示した説明の合理性についても、必要に応じて審査し、追加説明や情報公開を求めることができる体制を整えるべきです。

 このように、執行部が基準を起案・策定し、これを運用する一方、常勤委員が日常的に運用状況、判断過程および説明内容を検証し、経営委員会が、基準の合理性、運用の適切性、PDCAサイクルの実効性および基準からの逸脱に関する説明の合理性を監督するという役割分担を構築することが重要です。

 問題が認められる場合には、経営委員会が執行部に対して追加説明、再検討、改善措置または基準の見直しを求めることで、監督機能を実効化することができます。その結果を、次の基準改訂や運用改善につなげることにより、執行部による基準の策定・運用・評価・改訂というPDCAサイクルを、実質的に機能させることが可能となります。

 なお、JRAのガバナンス全体を考えるうえでは、経営委員会による監督だけでなく、JRA法第10条に基づき業務を監査する監事との役割分担と連携も重要な論点となります。

 経営委員会が、基準の合理性、運用の適切性および改善の必要性を監督する一方、監事は、業務および役員の職務執行が法令、定款その他の規程に従って適切に行われているかを監査し、必要に応じて経営委員会、理事長または農林水産大臣に意見を提出する立場にあります。

 経営委員会による監督、常勤委員による執行実務の継続的な検証、監事による法定の業務監査が相互に機能することで、より実効的なガバナンス体制が構築されるはずです。経営委員会と監事の具体的な役割分担や情報共有のあり方については、今後さらに検討すべき課題として残されています。

 加えて、執行部自身の判断や運用が検証対象となるテーマについては、理事長が議事・議決に関与しない独立審議モードを設けることで、現場実務との接続を保ちながらも、自己監督・自己評価のリスクを抑制することができます。

 昨今、組織的にコンプライアンスやガバナンスのレベルを上げていくことが、組織の健全な発展と社会的信頼に直結していくことは、中小企業であっても上場企業であっても、そして特殊法人であっても変わりありません。

 競馬は、単に国庫を潤すための集金システムではなく、多くのホースマンたちの血のにじむ努力と、血統のロマン、そしてファンが主催者を信頼して投じる1票1票の積み重ねによって成り立つ、我が国が誇るべき一級の文化エンターテインメントです。

 最高機関である経営委員会に、規約のみならず、その下位に位置付けられる実務規程・運用基準に対する実効的な監督機能を持たせること。そして、執行部による基準の策定過程と運用状況を監督し、執行部による逸脱理由の説明を検証し、必要に応じて再検討・改善・基準の見直しを求める、継続的なガバナンスの仕組みを構築すること。

 さらに、執行実務に精通した常勤委員による継続的な検証能力を備え、自己監督・自己評価に陥らない独立審議の仕組みを整えること。そして、将来的には監事による法定監査との連携も含めて、外部のプロフェッショナルの厳しい目を日常的に機能させること。

 それこそが、情報公開のあり方を適正化し、100年先も愛される健全な競馬の未来を拓くための、合理的な道であると確信しています。