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2025.04.16

弁護士の専門性と監査役―「守り」と「攻め」の統合に向けて

執筆担当 弁護士 三木憲明

  1. はじめに

  私のこれまでのキャリアは、企業法務の現場における内部統制や危機管理、コンプライアンス強化の取り組みを通じ、法的視座から企業の持続可能な成長を支えることに重きを置いてまいりました。弁護士として、また社外役員(監査役を含む)として、単に規律のチェックに留まらず、企業経営の現実や今後の課題に対して、法の枠組みとともにリスクとチャンスの双方を精査することの意義を実感しております。この背景をもとに、これからの監査の未来像を以下に論じます。

 

  1. 「守りのガバナンス」の意義と実践

  監査役の基本的役割としてまず重要なのは、企業内部の統制が適切に機能し、法令遵守が徹底される環境を維持することです。私自身、過去の案件において内部手続きの不備やリスク管理の弱点を早期に発見し、組織内の情報共有や内部通報制度の改善提案に努めてきました。

  堅実な内部統制の構築は、企業が外部環境の変化や突発的な事態に直面した際のセーフティネットとして機能するとともに、経営判断の根幹となる要素であると言えます。

 

  1. 「攻めのガバナンス」の必要性とその視座

  近年のグローバル化やデジタル化といった急激な環境変化は、従来の「守り」だけに依存したガバナンス体制では乗り越えがたい状況を生み出しています。企業は市場機会を的確に捉えるため、革新的な取り組みや戦略的リスクを敢えて取る必要があり、その過程で法的リスク管理もまた柔軟であるべきです。

  私が監査役として関わる中で感じたのは、たとえば新規事業の立ち上げやM&Aといった局面では、従来のリスクチェックに加え、将来を見据えた法的整合性の検討が不可欠であるという点です。

  ここでは、単に違反の有無を問うのではなく、どのようなリスクが内包され、どのような予防策が講じられるべきか、またどのタイミングで経営陣と対話を図るべきかという戦略的なアプローチが求められます。このような「攻めの」視点は、企業の成長と革新に対する後押しとなり得ると考えています。

 

  1. 取締役の善管注意義務の検証と監査役の基本的視座

  監査役は、取締役会の意思決定や運営が、法令・社内規程、ならびに基本的なリスク管理の方針に沿っているかどうかを確認する役割を担います。過去の実務事例からも、数値や実績のみならず、将来に向けたリスク認識およびその対応策がどの程度検討され、実行されているかを見極める必要性が浮き彫りになっています。すなわち、取締役会が短期的な視点にとどまらず、将来の不確実性に備えているかどうかを、客観的な立場から吟味することが求められます。

 

  1. シナリオベースのリスク評価と柔軟な対応策の枠組み

5-1 シナリオベースのリスク評価

  従来の監査手法では、現状分析に重点が置かれていましたが、今後は法的環境や市場の変動を前提とした評価がより重要となります。具体的には、以下の点に注目しています。

法的動向の先読みとシナリオ設定

  国内外の法改正、判例の動向、国際規制の変化など、法環境の変化を背景に複数のシナリオを構築します。たとえば、金融分野における規制の強化やデジタル技術の進展に伴う新たなリスクが、取締役会でどのように議論され、対策が講じられているかを見極めることが大切です。

多角的な仮定に基づく評価

  市場の大幅な変動や技術革新といった将来のシナリオごとに、影響度や発生可能性について定性的および定量的な検討を行い、取締役が未来のリスクへの備えをどの程度検討しているかを把握します。

 

5-2 柔軟な対応策の枠組み作り

  急速な環境変化に対し、取締役があらかじめ多様な変動に対応できる仕組みを整えているかは、監査の重要な評価ポイントです。

契約や内部規程への調整メカニズムの導入

  将来の法改正や市場変動に応じ、再交渉や条項の見直しが可能な仕組みが、契約書や内部規程に盛り込まれているかを確認します。これにより、取締役が状況変化に対して柔軟な対応を意図しているかどうかの一端が見えてきます。

定期的な内部規程のレビュー体制

  内部規程や業務ガイドラインが、環境変化に即応できるよう定期的に見直され、更新される仕組みが導入されているかをチェックし、万一に備えた体制の整備状況を評価します。

コンティンジェンシープランの策定とその実用性の検討

  各リスクシナリオに応じた具体的な対応計画(コンティンジェンシープラン)の策定状況と、その実現可能性・運用状況を確認することで、取締役会が多角的なリスクに備えているかどうかを探ります。

 

  1. 内部監査との連携と役割分担

  社外監査役が提供する法的かつ戦略的な視点は、取締役会全体の意思決定を俯瞰する上で有用です。一方、内部監査は日々の業務プロセスやコンプライアンス体制の現場レベルでの把握に優れています。これらの双方の強みを生かすために、以下のような連携体制や役割分担が望まれます。

定期的な情報共有と協議の実施

  内部監査が収集する実務面の情報や現状の課題と、社外監査役の法的・戦略的な見解を、定例の会議や協議の場で共有し、統合的なフィードバックを取締役会に提供する仕組みが重要です。

役割分担の明確化

  内部監査は、各部門の実務状況やリスク管理の運用状況をリアルタイムで把握し、迅速な情報提供を行います。これを基に、社外監査役は取締役会が将来に向けたリスク対策や対応策を十分に検討しているかどうかを、より広い視野で評価することが求められます。

共同による評価の深化

  両者が情報を横断的に検討することで、現場レベルの実情と取締役会の戦略的意思決定との間で、より実情に即した評価が可能になり、全体的なガバナンスの向上に寄与します。

 

  1. 結語

  取締役が将来の不確実性に備えて十分な注意を払い、リスク対応策を検討・実践しているかどうかを見極めるため、監査役はシナリオベースのリスク評価と柔軟な対応策の枠組みの考え方を活用することが有益です。また、内部監査との連携や役割分担を通じて、現場の実情と取締役会の戦略的判断がより正確に把握されることで、全体としての企業ガバナンスの向上に繋がると考えます。これらに加えて、近時ますます重要性を増しているIT統制にかかる監査についても更なる理解と実践が求められています。企業経営に「完成形」がないのと同じで、監査も絶え間なく変化していくものです。時代の流れを敏感に感じ取りつつ、実情に即した監査体制の整備や企業の持続的な成長に少しでもお役に立つことができれば幸いです。