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2025.04.16

人的資本経営と人権デューデリを人権の視点から統合的に考えてみる part1

執筆担当 弁護士 三木憲明

  人的資本を考える視点として、人権をその中核に据えるべきだと私は考えています。人権という視点からは、人権デューデリも重要なタームのひとつですが、会社内部の人的資本と外部の人権デューデリの双方を統合的に捉え、中長期的な企業変革の実効策とする意味は大いにあると思うのです。

  なお、この点に関連して、私が取締役を務めている(株)RIKKAでは、経営手法としての哲学的対話の可能性を模索・研究しており、同社代表取締役がこれを在籍中の大学における研究テーマとし、論文を執筆中です。この哲学的対話も、人権の視点からは、重要な意義を有することに間違いありません。

  以下、詳述します。

1.内部の人的資本の再考

  伝統的な企業経営では、人的資本はしばしば労働力やスキルの数値化によって捉えられてきました。しかし、ここで重要なのは、従業員一人ひとりが単なるリソースではなく、その内面に秘めた創造性、倫理観、対話力、そして個々の尊厳を含む「生きた資本」であるという認識です。

  具体的には、以下のような側面が挙げられます。

  • 対話による自己省察の促進
      ソクラテスメソッドに代表される哲学的対話を取り入れることで、従業員が日々「なぜ」という問いを自分自身に投げかけ、業務や組織の目的を再確認する場を提供します。こうした対話は、個々の価値観や潜在能力を引き出すだけでなく、組織内の風通しのよいコミュニケーション文化を醸成し、ヒエラルキーによる縛りを緩和する効果があります。
  • 自己実現と共感の文化形成
      内部の人的資本の育成は、単にスキルの向上だけでなく、従業員が自らの存在意義を再定義し、互いにリスペクトし合う文化の形成に直結します。倫理的な教育プログラムやワークショップ、定期的なフィードバックシステムの導入により、従業員は自分自身の力だけでなく、仲間の貢献にも気づく機会を得られ、結果として組織全体のエネルギーや創造性が向上します。
  • 内部エコシステムとしての人的資本マネジメント
      従業員が主体的に意見を交換し、相互に学び合う環境では、固定的な役割分担を超えた柔軟な働き方やイノベーションが促進されます。このような内部の人的資本は、企業が変化に柔軟に対応し、長期的な視点で成長戦略を実現するための基盤となります。

2.外部の人権デューデリの深化

  企業活動は、社内だけではなく、サプライチェーン、地域社会、さらにはグローバルな文脈においても影響を及ぼします。ここでの「外部の人権デューデリ」とは、企業がその活動全般にわたり、人権尊重の義務を果たすために、リスク評価と対策を継続的に実施するプロセスです。

  具体的な取り組みは次のとおりです。

  • リスクの体系的評価と透明性の確保
      国連のビジネスと人権に関する指導原則などの国際基準を踏まえ、企業は自社だけでなくサプライチェーンにおける全取引先やパートナーに対して人権評価基準を適用します。定期的な監査や第三者の評価を通じて、潜在的なリスクや問題点を明らかにし、透明性のある情報開示を行うことが求められます。これにより、企業活動が及ぼす負の外部性(外部不経済)を早期に把握し、必要な対策を迅速に実施する体制が整います。
  • 外部ステークホルダーとの対話の重視
      地域住民、NGO、行政、投資家などの外部ステークホルダーとの継続的な対話を構築することで、企業活動の影響を多角的に捉えることが可能となります。こうした対話は、従来の一方通行的な情報提供ではなく、双方が意見交換を行いながら改善策を見出すプロセスとして位置付けられます。結果的に、企業は社会的信用を高め、共生的な関係を築いていくことができます。
  • 予防的アプローチと迅速な対応メカニズム
      外部の人権デューデリは、問題が顕在化する前の予防策としても機能します。例えば、サプライヤーに対する定期的な研修や評価、または技術を活用したリアルタイムのリスクモニタリングシステムの導入など、未来志向の取り組みがますます重要となっています。こうした仕組みは、万が一の事態にも迅速に対応できる柔軟性を企業にもたらし、信頼性の高いリスク管理体制を実現します。 

3.内部の人的資本と外部の人権デューデリの統合的視点

  内部の人的資本の育成と外部の人権デューデリは、いずれも単なる個別の施策ではなく、全体として一つのエコシステムを形成する要素です。両者は、理念・価値観・実践プロセスにおいて相互に補完し合い、中長期的な企業変革を推進します。

  • 共通の価値観としての対話とリスペクト
      どちらの取り組みも、「対話」「共感」「相互リスペクト」といった倫理的価値を核に据えています。内部での徹底したコミュニケーションと自己省察のプロセスは、従業員に限らず、企業全体の倫理観を高め、外部との対話においても一貫性を保ちながら行動するための土台となります。外部との透明なコミュニケーションは、内部で培った倫理文化の成果をさらに広げ、企業としての社会的責任を具現化する要となるのです。
  • 知識と経験のフィードバックループ
      内部での人的資本の向上を通じた多層的な対話や創造的な意思決定は、外部の人権デューデリの活動にも活かされます。例えば、従業員が参加するワークショップで出た意見や洞察は、サプライチェーンの改善策に反映されることがあり、逆に外部からのフィードバックが内部の教育プログラムや研修内容を刷新するきっかけとなります。こうして形成されるフィードバックループは、企業が内外の課題に対してより迅速かつ柔軟に対応できるダイナミックな組織風土を育みます。
  • 戦略的メリットと短期・中長期のトレードオフ
      両者の統合的な取り組みは、短期的には従来の利益追求型の経営手法との間に摩擦が生じる可能性があります。内部での対話や内省のプロセス、外部に対する徹底した人権評価は、初期投資や時間が必要となり、当面の業績に直結する成果としては現れにくい面があります。しかし、一度この統合的エコシステムが確立されると、透明性や信頼性、イノベーション力の向上を通じた中長期的な成長が実現し、結果的に市場からの評価やブランド価値の向上に寄与することになるでしょう。
  • 持続可能な企業変革へ向けた取り組み
      内部の人的資本の強化と外部の人権デューデリの体制整備は、一時的なプロジェクトではなく、企業文化や経営理念として根付かせる必要があります。定期的な内部監査、第三者機関による評価、さらには最新のテクノロジーを活用したリアルタイムモニタリングシステムの導入など、常に変化する環境に適応できる動的な体制の確立が求められます。これにより、企業は未来の不確実性に耐えうる柔軟性と持続可能性を同時に備え、内部の知的・倫理的資本と外部への社会的責任を一体化した新たな経営モデルを構築できるのです。

4.結論:統合的アプローチが創る未来

  内部の人的資本の育成は、企業内における自由な対話、自己省察、共感的な文化形成を通じ、従業員一人ひとりの内在する価値を引き出し、組織全体のイノベーションと柔軟性を高めます。一方、外部の人権デューデリは、企業がグローバルなサプライチェーンや地域社会との関係において、人権尊重の姿勢を徹底し、透明かつ責任ある行動を実践するための不可欠な要素となります。この二つのプロセスは、互いに補完し合い、共通の倫理観と対話文化を中核に据えることで、短期的な利益追求ではなく、中長期的に持続可能な成長と社会的信頼の醸成につながります。たとえば、社員が自らの成長や価値に気づき、企業内で積極的に意見交換する姿勢は、外部パートナーとの円滑なコミュニケーションを促進し、共にリスクを低減・機会を追求する基盤となります。逆に、地域社会やグローバルなステークホルダーからのフィードバックを企業内部の教育や意思決定に反映させることで、倫理的かつ革新的な組織運営が実現されます。

  たしかに、こうした統合的なアプローチは、導入初期には従来の効率性との間に短期的なトレードオフを伴う可能性があります。しかし、内部の人的資本が成長し、外部との信頼が着実に築かれていく過程は、企業が将来の複雑な市場環境や倫理的課題に対して柔軟かつ持続可能な対応を可能にする、大きな競争優位性へと昇華されるのです。

  最終的に、内部の人的資本と外部の人権デューデリが一体となった経営体制は、企業を単なる経済的存在から、社会的責任と人間性を全面に打ち出した「共生の場」へと変革させる力を持っています。これは、現代経営におけるコペルニクス的なパラダイムシフトともいえ、短期的な壁を乗り越えた先に、未来志向の企業としての姿勢が確立され、最終的には市場での信頼性やブランド価値、さらには社会全体における持続可能な成長へと結実するでしょう。

  このように、内部の人的資本の深化と外部の人権デューデリの実践は、相互作用を通じて企業全体の倫理性と革新力を高める統合的な戦略です。各プロセスの連動性を理解し、短期的な課題に対しても戦略的なバランスを取りながら進むことが、企業の未来を形成する鍵となります。

 

<次回は、「そうはいっても、短期的成果とのトレードオフがきつすぎない?」との疑問についても深堀りして考えてみます。>