執筆担当 弁護士 石田文三
高齢者が入居する施設から、入居されていた方(Aさん)が亡くなられた後に、その方の次男(Bさん)から、Aさんの介護記録のコピーがほしいと言われているが、渡してよいものかという相談がありました。長男(Cさん)が生前のAさんの面倒をみておられ、Bさんが施設を訪れたことはほとんどありませんでしたが、Aさんが亡くなられた後で、BさんとCさんの間で遺産をめぐって争いがあるらしく、その関係でBさんから介護記録のコピーの要求があるようです。結論から言うと、介護記録は、民事訴訟法226条の文書送付嘱託や弁護士法23条の2の弁護士照会などの場合に限って開示されるべきものです。
まず、介護記録にどのようなことが書かれているか考えてみましょう。介護記録には、①Aさんの体温や排せつの有無、判断力に関することなどが記載されていますので、それはAさんの個人情報、それも極めてセンシティブな個人情報です。また、②Aさんが家族や親族のことを語ったことが記録されていることもあり、それらは家族や親族の個人情報でもあります。さて個人情報保護法は「生存する個人」の情報だけを対象としていますので(法2条)、Aさんが亡くなると上記①の部分は個人情報保護法の対象ではなくなります。そのため個人情報保護法が定める第三者提供の原則禁止(法27条)や開示の義務(法33条)などの規制を受けないことになります。しかしAさんの介護記録は極めてセンシティブな個人情報ですから、無制限に第三者に提供されるようなことがあってはなりません。Aさんが生きておられるときと同様に第三者への開示などは特に必要と認められる正当な理由がある場合に限られるべきです。
ところでBさんのようなAさんの相続人は、Aさんがもっていた個人情報開示請求権を相続するのではないでしょうか。この点、最高裁の平成31年3月18日の判決は、亡くなった方が銀行に届け出ていた届出印の開示を相続人が求めた事案で、届出印は亡くなった方の銀行取引のためのものであり、相続人に関わるものではないとして開示請求を認めませんでした。つまりAさんの個人情報開示請求権は、相続人に相続されるものではないのです。
もっとも亡くなった方の個人情報であっても、それが相続人らの権利に密接に関わる場合には、その情報の開示を請求できると考えられます。たとえばこれも銀行取引の例ですが、亡くなった方の預貯金は、相続人が法定相続分に応じて分割して取得するものですから、死亡時の残高や生前の預貯金の出し入れの状況(取引履歴)は、一人一人の相続人の権利と密接に関係しますので、各相続人が単独で預貯金の取引履歴を開示請求できます(最高裁平成21年1月22日判決)。
ではAさんの介護記録は、相続人の権利に密接に関係するといえるでしょうか。この点について亡くなった方の医療記録(カルテ)は、その方が適切な医療を受けたのかどうかに関わり、場合によっては相続人が医療機関に損害賠償請求をすることができますから、医療記録は相続人に開示すべきものとされています。そしてAさんの介護記録もAさんへの介護が適切なものであったかどうを判断する基礎となる資料ですから、相続人の損害賠償請求権に密接に関わり、相続人は介護記録の開示を請求できると考えられます。厚生労働省の医療・介護関係事業者に向けた個人情報の取扱いのためのガイドラインにおいても、亡くなられた方の生前の意思や名誉等に十分に配慮しつつ介護記録の提供を行うべきものとしています。
冒頭の相談の事例でも、相続人であるBさんが介護記録の開示を求めてきたわけですから、基本的には、これに応じるべきであると思います。しかしBさんの目的、つまりCさんとの遺産争いに利用するという目的の場合に、施設としてこれに応じる義務があるとは言えないと思います。そこでBさんからの開示の要求はお断りして、仮に、Bさんが弁護士代理人を通じて弁護士法23条の2に基づく照会をされるとか、あるいは、裁判所の文書送付嘱託があったとかの場合は、これに応じるという対応がよいと思うのです。