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2025.05.30

レベッカ・ソルニットに学ぶ~対等な対話が創る信頼と革新~

執筆担当 弁護士 三木憲明

  現代企業において、コミュニケーションは単なる情報のやり取りを超え、企業文化そのものを育む重要な要素となっています。アメリカの著作家であるレベッカ・ソルニットの2014年の著作『説教したがる男たち』は、日常の何気ない場面に潜む一方的な「説教」や、無意識に働く権力関係を鋭く描き出しています[1]

  私自身、法務やメディエーションの現場で得た経験もふまえ、対等な対話こそがハラスメント防止だけでなく、健全な企業運営の鍵であると実感しています。

  ソルニットが描くエピソードには、会議の一角や普段の会話の中で、特定の視点が過剰に押し付けられる、望まれない『説教』の様子が見られます。これらは、単に個々のコミュニケーションの問題ではなく、根深い社会的・文化的背景に基づくものだと言えます。対等な対話とは、各人が自らの専門性や経験を正当に認識される環境の中で、相互に信頼とリスペクトをもって意見を交わすことにほかならないのです。

  私たちがまず認識すべきは、この対等な対話の実現がもたらす多角的な効果です。たとえば、すべてのメンバーが自分の意見や知見を正当に評価される環境では、自然と信頼関係が醸成されます。さらには、さまざまな視点が交わることで、従来の枠にとらわれない新たなアイデアや革新的な解決策が生まれる土壌が形成されるのです。また、日々の対話が円滑であれば、誤解や無用の対立といったリスクも未然に防げ、結果として企業全体の安定と成長に寄与すると考えています。

  私自身、法務の分野およびメディエーションの現場において、関係者が率直に意見を交換できる環境が、問題の早期解決や組織風土の改善に大きく寄与することを実感してきました。一方的な上意下達のコミュニケーションではなく、互いを個として尊重した中でなされる各人の背景に配慮した対話は、当事者同士の信頼を深め、結果として組織全体が抱えるリスクの低減にもつながります。これらの知見は、ソルニットの示す日常の実例と見事に重なり、経営の現場でも十分に応用可能であると私は信じています。

  対等なコミュニケーションは、単なる理念ではなく、経営の現場において実際に生み出すことのできる成果です。レベッカ・ソルニットが照らし出す現代社会の構造的課題は、私たちに「誰もが自らの強みと専門性を尊重されるべきだ」という基本的な真実を再認識させてくれます。経営の現場であればこそ、こうした視点が風土改革やイノベーションの促進に直結するはずです。

 

 


[1]

  ソルニットの文章は、個々の体験をひとつの象徴的な事例として、広く社会構造やジェンダーの権力関係を映し出している点が特徴的です。

  ソルニットは、公私の集まりで、自分の知識や経験が尊重されず不当に軽視される瞬間を鮮明に描いています。たとえば、ある場面では、彼女が真剣な話題—政治や文化、歴史の諸問題について—話している最中に、男性参加者が突然「こういうふうに考えるべきだ」と、一方的に解説を始めました。彼は、自分自身の経験や知識が絶対的だと仮定し、彼女の意見や背景に関する問いかけを無視しながら、詳細に説明を続けたのです。このエピソードは、単なる無礼な発言ではなく、「女性は物事を理解できない」という根強い偏見に基づいた行動として、ソルニットにとっても心に傷を残すものでした。

  また別のエピソードでは、ソルニットが自身の執筆や研究に関わるテーマ―女性の歴史やジェンダーに関する洞察―について、既に深い知識を持っているにもかかわらず、ある男性がこれを一顧だにせずに自分の意見を延々と語った場面があります。たとえば、彼女の著作内容やその背景について、彼があたかも初学者に向けて解説するかのように、事実を軽視した解説を始めたというものです。彼は、彼女の専門領域に対して「分かっていないだろう」という前提から語りかけ、その結果、会話の流れすら一方的な説教に変わってしまいました。このような経験は、ソルニットにとって個人的なものに留まらず、社会全体で女性が自らの知見を軽んじられる一端を象徴するものとして描かれています。

  ソルニットはこれらのエピソードを単なる個人的な不快感の記録として終わらせるのではなく、むしろ日常生活のあらゆるシーンにおいて、同様の態度がいかに当たり前に存在しているかを示す「鏡」として位置づけています。たとえば、カフェでの何気ない会話や公共交通機関で、知らず知らずのうちに女性に対して上から目線の『説教』が投げかけられる様子が描かれています。こうしたエピソードは、個人的なものにとどまらず、その積み重ねが社会全体に内在するジェンダーバイアスを浮き彫りにするものとなっています。

  これらの具体的なエピソードから、ソルニットは単に「説教したがる男」という表面的な現象に留まらず、日常の中に根付いた性別に基づく価値観や権力関係、そしてそれが情報や知識の共有、人間関係にどのような影響を及ぼしているのかを浮き彫りにしています。彼女は、こうした経験が個々の女性の内面に与える影響や、社会全体でのジェンダー不平等の再生産のメカニズムを明らかにしています。