執筆担当 弁護士 三木憲明
はじめに
投資法人は、法律上、あらゆる事務をアウトソーシングする仕組みとなっており、その運営の実態は資産運用会社に大きく依拠しています。投資法人の運営に関して高度な専門性を有する外部の法律事務所が、リーガルチェックや法的アドバイスを提供し、監査法人が運用会社の内部統制やリスク管理の実効性を監査する中で、監督役員に求められる特有の役割は「外部専門家が示す見解の信頼性を前提としつつ、経営側との対話を通じたガバナンスを実現すること」と言えます。本稿では、こうした投資法人特有の構造を概観しつつ、過去に報じられた悪しき事例も交え構造的な課題について整理し、これに弁護士の専門性との関連も加味して、監督役員としての役割とそれにより果たすべき機能について、実務的な視点で論じていきます。
投資法人特有の構造とガバナンスの現実
投資法人は、ほぼすべての事務を外部に委託することで運営されています。その結果、投資法人自体が内製の統制システムを持たず、運用実態はほぼ全て資産運用会社に委ねられる構造となっています。この構造のもとでは、監督役員は資産運用会社からの報告や書類に基づいた形式的なチェックだけでなく、資産運用会社内部で実際にどのようなリスク管理やリスクテイクが行われているのか、さらには情報の透明性がどの程度確保されているのかについて、より深い理解を求められます。そして、監査法人もまた、投資法人自体の内部監査体制ではなく、資産運用会社の内部統制やリスク管理体制に焦点を当てて監査を実施するため、運用会社の不備がそのまま投資法人全体のリスクと見なされる点が、現状のガバナンス課題として浮き彫りになっています。
課題
1.内部監査の不十分なチェック体制
ある投資法人では、資産運用会社から提出された運用報告書に対する精査が形式的に終わっていたケースがありました。定期的に交わされる報告書が数字や資料としては揃っていたものの、現場での実態や新たなリスク要因の発見に乏しく、資産運用会社内部に潜在する問題点―例えば不透明な取引や過大なリスクテイクの兆候―を見逃しがちでした。この事例では、監督役員が経営陣との対話を十分に行わず、本来期待されている監督機能が不全となったために、後に投資家への損失リスクが顕在化する結果となりました。
2.経営側との対話不足と情報共有の失敗
別の事例では、資産運用会社とのコミュニケーションが希薄であったために、同社における内部統制上の不備が長期間放置されていたケースがあります。本来であれば、定期的なミーティングや疑義解消の場を設けることで、早期に問題を指摘し改善策を講じるべきところ、形式上の報告のみに依存していたことが大きな要因となりました。結果として、監督役員の役割が形骸化し、投資法人の運用リスクが増大、さらには報道機関によってその任務懈怠が広く取り上げられる事態を招いたのです。
3.外部委託体制への過度な依存
投資法人は、法律上すべての事務をアウトソーシングしなければならないため、内部に独自の統制機能を持たず、実質的なガバナンスは資産運用会社に依拠する構造が採られています。この仕組み自体が、運用会社側の内部統制の緩みや情報開示の不足を、投資法人全体に波及させるリスクを内包しています。たとえば、運用会社が内部情報の整備やリスク評価の厳密な実施に失敗すれば、それが直接、投資法人のガバナンスの脆弱性として表面化し、監査法人による監査も実質的には資産運用会社の対応に依存せざるを得なくなるのです。
弁護士としての専門性をどう生かすか
法的観点からの中立的アドバイス
弁護士監督役員である私の役割は、外部専門家の提示する法的評価や監査結果を専門的・客観的な立場から解釈し、資産運用会社の現状と法令との乖離がないか、また内部統制上の抜け穴が存在しないかを見極めることにあります。これにより、監督役員として、投資法人のガバナンス全体を一層強固なものへと導くためのディスカッションや、経営側へのアドバイスが実現されるのです。
実務経験に基づくリスクマネジメントの提唱
これまでの実務経験に裏打ちされた知見を活かし、実際に資産運用会社で発生しがちなリスクや、過去の悪しき事例から学んだ教訓をもとに、具体的な改善策やリスク回避策を経営陣と共有します。「法務チェック」そのものの細かな部分は外部の法律事務所に任せるとしても、その結果をどう運用現場で活かすかという視点は、弁護士監督役員ならではの客観的かつ戦略的なアプローチで実現できます。この視点により、監督役員は、資産運用会社のガバナンス体制が市場や法令改正に対応して柔軟に変化しているかどうかを、常にウォッチする役割を担うことになります。
監督役員としての実効的アプローチ
A.外部専門家の評価内容の精査とリスクの抽出
専門家レポートの読み込みと議論の深化
法律事務所が提供するリーガルチェック報告や、監査法人の監査レポートは、高度な専門知識に基づいて作成されています。監督役員は、これらの報告の表面的な内容ではなく、示されている留意点、疑義点、改善提案の本質をしっかり理解する必要があります。その上で、資産運用会社の現状がこれら指摘に対してどのように対応しているか、また改善策が実際に実施されているかを、意見交換の形で確認することが重要です。
「見える化」の推進
会議や定例の報告において、数字やグラフ、フローチャートなど、視覚的な資料を活用し、資産運用会社のリスク管理体制を「見える化」する取り組みを推進します。これにより、外部専門家が指摘する抽象的なリスクが、現場における具体的な事象とどう結びつくのか、より実感として捉えられるようになります。
B.経営側との対話を通じたガバナンスのブラッシュアップ
質・量ともに充実した対話の実施
定例のミーティングに加え、必要に応じて臨時の対話の場を設け、資産運用会社側の経営陣と直接議論する機会を創出します。これは、専門家のレポートで示される問題提起をそのまま経営に転嫁するだけでなく、現場の実情と数字の背景、経営判断の意図などを直接確認することにより、ガバナンスの実効性を高めるための重要なプロセスです。
フィードバックループの構築
経営側からの回答や改善策、そしてその進捗状況をフォローアップし、その結果を再度専門家とも共有するループを作り上げることが不可欠です。このフィードバックループにより、不十分だった対応が早期に修正され、外部専門家のアドバイスが運用現場に確実に反映されるかどうかをリアルタイムで検証できます。
C.外部専門家との連携強化による情報のアップデート
モニタリング会議やワークショップ
外部の法律事務所や監査法人と連携し、最新の法令改正や市場の変動リスク、内部統制の改善策について情報を共有する会議やワークショップを開催することがあってもいいでしょう。これにより、監督役員自身が常に最新の専門知識を背景に判断できる環境を整え、運用会社のガバナンス体制との連携を円滑に進められるようになります。
疑義点の早期解消のためのダイレクトライン
必要に応じ、報告書やレポートで示された疑義点について、迅速に法律事務所や監査法人と連絡を取り、現場の状況と照らし合わせながら解決策を模索する体制を整備します。これにより、資産運用会社側からの情報が遅延なく監督役員や経営側に伝わり、必要なリスクマネジメントが速やかに実施される環境づくりが促されます。
おわりに
投資法人の監督役員は、ほぼすべての事務がアウトソーシングされ、実質的な統制や監査が資産運用会社のガバナンス体制に依拠しているという独自の構造の中で、その隙間を埋める重要なポジションにあります。外部専門家が提供するリーガルチェックや監査レポートは非常に高度ですが、監督役員はこれらの情報を単に受動的に受け止めるのではなく、資産運用会社の実務状況と連動させた形で、経営側との対話を充実させることが必要です。また、弁護士としての専門的・客観的な視点と実務経験を活かすことで、法令遵守のためのチェックだけでなく、実効性のあるガバナンス体制の構築、そして迅速なリスク対策の実現が可能となります。現状のアウトソーシング体制を鑑みれば、監督役員の責務は、外部の専門家の評価を基に資産運用会社内のリスク要因を抽出し、それを経営側と共有・改善へと結びつける「橋渡し役」としての役割にあると言えます。