執筆担当 弁護士 三木憲明
株式会社のM&Aの手法のひとつにTOB(株式の公開買付)があります。
TOBには金融商品取引法によるものをはじめとして、いくつかの厳格なルールがありますが、その中にTOBの対象とされる会社(以下「対象会社」といいます)が当該TOBに対する意見表明をしなければならないというルールがあります。
TOBを行う買付者は、対象会社の筆頭ないし有力株主であることが多く、できるだけ安く買い付けたいと考えます。しかし、対象会社としては、少数株主を含む一般株主にとって利益となるよう考え、意見表明しなければなりません。ここに買付者と一般株主の利害対立が生じ得るのですが、対象会社の筆頭ないし有力株主としての買付者が会社の意見表明に不当な影響を及ぼすことがないよう、すなわち前記のような利害対立状況を適切に律するため、2019年6月28日付で経済産業省が発出した指針が「公正なM&Aの在り方に関する指針-企業価値の向上と株主利益の確保に向けて-」です(なお、同指針はMBO(マネジメントバイアウト)についても言及していますが、ここでは割愛します)。
同指針に拠れば、対象会社は、独立の特別委員会を設置し、対象会社の企業価値に向上するか否かの観点からTOBの是非について検討・判断させるとともに、一般株主の利益を図る観点から、取引条件の妥当性及び手続の公正性について検討・判断する役割を担わせることとなっています。
私がこの特別委員会の委員のひとりとして活動した件では、対象会社が非上場会社であったため、株価算定作業にかなりの時間と労力を要しました。たとえば収益方式(インカムアプローチ)における具体的な手法をどうするか、比準方式(マーケットアプローチ)における類似会社としての上場会社を抽出する基準をどう設定すべきか等を巡って繰り返し協議しました。また、同指針が求める公正性担保措置としてのマーケット・チェックのありかたやマジョリティ・オブ・マイノリティ条件の設定の是非などについても十分な協議を行いました。そして、これら協議の結果及び経緯(理由)を答申書としてまとめ、対象会社に提出し、対象会社は同答申書を尊重して、「TOBに賛同し、一般株主に対して応募を推奨する。」旨の意見表明を行うに至りました。
上記の特別委員会は、計10回近く開催されましたが、対象会社とは特別の利害関係を有さない法務アドバイザーである弁護士及び同じく利害関係のない第三者評価機関(株価算定等を行う)である公認会計士の強力なサポートを得て活動ができたことで、客観性、合理性、妥当性のある結論を得ることができました。対象会社は、非上場とはいえ、多数の株主を擁する有報(有価証券報告書)提出会社であったため、われわれ特別委員会が出す意見は一般株主を含む多くのステークホルダーに大きな影響を及ぼし得るものでした。複雑化する経済活動の中で投資者保護を貫徹しつつ、かつたとえば対象会社の従業員の今後なども可能な限り想像しながら、バランスの取れた思考をすることの重要性を感じた案件でした。
以上