執筆担当 弁護士 三木憲明
今般のフジテレビ第三者委員会報告書について総評などしてみようかと思い読み始めたのですが、そこに記載された同社取締役会決議に目を奪われました。私が知る限り、暗黙裡に調査協力者の保護を謳うケースはあっても、これだけ明確に宣言した例を知らないからです。当該決議は、第三者委員会の要請に応じ、調査協力者に対して何ら不利益を課さない旨を明文化したものですから、フジテレビの自主的な動きというわけではありませんが、ともあれ画期的だと感じたのです。
決議は、協力行為そのものについて不利益を課されないことを保証することで、内部からの情報開示や告発の意欲を高めようとする狙いがあります。しかし、その一方で、協力の結果、自らの違法行為や人権侵害が明らかになった場合、懲戒処分を講じる必要が残る点が、重大な問題として浮かび上がります。たとえ、協力自体に不利益がないと明示されていたとしても、自らの不正が認定されれば、これに対しては懲戒処分が下されるリスクがあるため、従業員は率直な協力をためらう可能性があります。
もし「調査協力の結果として自らの違法行為が認定された場合でも一切の不利益を課さない」という、より思い切った免責措置が講じられれば、従業員はより安心して内部の実態を明らかにできたのではないかとも考えられます。しかし、そのような免責措置には、企業が内部で保持すべき自律的な懲戒権を大幅に制限してしまう危険があります。もし重大な違法行為があっても、懲戒処分さえも免責してしまえば、組織としての規律維持や社会的責任の追及が困難になってしまうからです。
この点に関して、第三者委員会は協力そのものへの不利益を排することに留め、明らかとなった違法行為については別途、企業が独自の判断で懲戒処分を講じる余地を残す方針を採ったように見受けられます。結果として、取締役会決議は調査協力者の保護という観点では一定の意義を持ちますが、その先にあるかもしれない懲戒処分との切り分けについては、議論が成熟していないのが現状です。内部協力を促進するためには、まず協力行為そのものを安全に行える体制を整備するとともに、協力の結果明らかになった違法行為に対しては、どの程度の処分が妥当かという判断基準を明確化し、さらに第三者の独立した評価を取り入れるなど、運用上の透明性を高める必要があると考えます。
今般のフジテレビの件においては、同社が自発的な取り組みとして、調査協力の結果明らかになった事実についても免責する決議を行うことは可能でした。しかし、そうした場合、どんなに深刻な違反事実であっても免責となり、企業の自律的な懲戒権が不当に制限されるという懸念から、そのような措置は見送らざるを得なかったと考えられます。結局のところ、調査協力の保護と懲戒処分の境界線は、企業としての倫理規範や社会的責任とのバランスをどう取るかという、非常に困難な問題であると言えます。
内部協力の保護措置と懲戒処分の切り分けについては、今後も多くの議論が必要で、その判断基準を一律に定めるのは容易ではありません。今回の取締役会決議は、そのような難題に対する一つの実績とはいえるものの、決して完璧な解答ではなく、内部の透明性や懲戒権の適切な運用という観点から、さらなる検討を求める課題を提示しています。なお、こうした課題は、不祥事対応に限らず、企業内部で定期的に実施される予防的な内部監査や慣例的な調査活動にも、当てはまるはずです。