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2025.02.28

離婚後300日問題と先回り認知

執筆担当 弁護士 保木祥史

<事例>

  母Aは、夫BのDVに耐えかねて家を出た後、新しく出会ったCと同棲を開始し、Cとの間に子Dが生まれました。AはBと離婚したものの、Dが生まれたときにはまだ離婚後300日が経っていなかったため、戸籍上の父がBになることを心配し、出生届を提出しないまま、数年が経ちました。Dの出生後、AとCは結婚し,現在、Dとともに暮らしています。
  Dについて、実際の父親であるCを父として戸籍に載せることはできないでしょうか。

 

1 離婚後300日問題とは

  民法上、離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子と推定されます(772条)。これは嫡出推定の一例で、この規定により、原則として、生まれてきた子の戸籍上の父は、前夫になります。つまり、離婚後300日以内に生まれた子どもは、たとえ実際の父親が別の男性であっても、原則として、戸籍上の父は前夫になってしまいます。これが離婚後300日問題と呼ばれるものです。

  そして、このような離婚後300日問題から、実際の父親ではない前夫が戸籍上の父になってしまうことを避けるため、出生届がされないままとなることがあり、これが無戸籍児童が生じる1つの原因となっています。

  本事例における子Dも、このような事情から無戸籍となっています。子Dは、実父Cに認知をしてもらい、実父Cの子として就籍(戸籍に載ることをいいます)したいわけですが、そのためには、まず嫡出推定を覆さなければならず(※)、これが大きなハードルとなる例は少なくありません。

※ 「嫡出推定を覆す」という表現は、法的には必ずしも正確ではありませんが、一般の方々に分かりやすい表現として使用しています。

 

2 先回り認知

  実父Cが「DはCの子である」として認知するためには、まず「DはAの子である」という嫡出推定を覆さなければなりません。そのため、実父Cを父とする戸籍を作成するには、まず、①前夫Aが父でないことを訴訟等で明らかにした(嫡出推定を覆した)うえで、②実父Cが認知する、という順序で進める必要があります。これを行うには、次の3つの方法が考えられます。

(ⅰ)前夫Aによる嫡出否認の訴え→実父Cの認知(任意認知も可)

(ⅱ)前夫Aに対する親子関係不存在確認請求→実父Cの認知(任意認知も可)

(ⅲ)実父Cに対する強制認知(認知調停)

  どの方法が適切かはケースにより様々ですが、本事例のようなケースで積極的に検討したいのは、(ⅲ)の方法です。(ⅲ)の方法は、判例上も認められているものですが(最判昭和44年5月29日民集23巻6号1064頁参照)、本来、前夫との親子関係を否定する手続は、前夫Aが関与する嫡出否認の訴えや親子関係不存在確認請求を経るべきだとの考えから、これを経ずに認知を求める(ⅲ)は「先回り認知」と呼ばれています。

(ⅲ)のメリットは、前夫Aを関与させなくても進められる可能性があること、①②と2つを1つの手続でまとめて行うことができることです。特に、母Bが前夫AからDVを受けていた本事例のようなケースでは、積極的に検討したい手法で、私が相談を受けた同様のケースでも、この方法を採りました。形式上「強制認知」という手続ですが、実際には本事例のように、実父Cもそれを望んでいて協力関係で進めていくこともあります。

 

3 どのような事情があれば認知が認められるか

  では、(ⅲ)の手続において、どのような事情があれば嫡出推定を覆して、認知が認められるでしょうか。

  これには明確な基準があるわけではありませんが、実父Cが自ら父であることを認めていたり、DNA鑑定により子Dと実父Cとの生物学上の親子関係がある(反射的に、子Dと前夫Aとの間には生物学上の親子関係はない)ことが分かればすぐに嫡出推定が覆るかというと、必ずしもそうではありません。

  もともと、どの程度の事情があれば嫡出推定が覆るかについては、様々な見解があるものの、古くから、かなり限定的な場面でのみ認められてきた経緯があります。具体的には、夫婦の不仲程度では足りず、母が子を懐胎した時期に前夫が長期間出張に行っているなど、母が前夫の子を懐胎すること誰の目から見ても不可能であった場合に限られるという「外観説」が有力とされ、判例もこれに親和性があると理解されてきました。

  このような解釈論の歴史もあるため、DNA鑑定の信頼性が向上してきた現在でも、強制認知手続においては、DNA鑑定の結果のみで判断することなく、子の懐胎当時の事情などもきちんと確認し、必要な場合には前夫の意見も聴取したうえで、嫡出推定を覆して認知を認めてよいかが判断されているといると考えられます。

  私が相談を受けた事例では、DNA鑑定上もCD間に親子関係が認められるだけでなく、実父Cも父であることを認め、当時の別居状況や前夫Aとの関係性などについて詳しく聴き取りがされました。結果、前夫Aを関与させることなく認知の審判(合意に相当する審判)を得ることができ、無事、実父Cを父とする就籍ができました。

 

4 民法改正(令和6年4月1日施行)

  離婚後300日問題に関しては、近年民法改正があり、令和6年4月1日より施行されています。

  改正内容は、まず、離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子と推定する規定の例外として、離婚後子が生まれる前に再婚をした場合には、再婚後の夫の子と推定することが定められました(女性の再婚禁止期間も廃止されました)。

  また、従前、父にしか認められなかった嫡出否認の訴えは、母や子も提起することができるようになるとともに、出訴期間が1年から3年に伸長されました。さらに、この改正は、令和6年4月1日以降に生まれた子に適用されますが、施行後1年間(令和7年3月31日まで)に限り、令和6年4月1日以前に生まれた子やその母も、嫡出否認の訴えを提起することが可能となっています。

  これにより離婚後300日問題のすべてが解消されるわけでもなく、もちろん無戸籍問題のすべてが解消されるものではありませんが、少しでも多くの方の無戸籍問題が解消されることを期待しています。